去年の秋ごろ、タイトルに惹かれて買いました。
そう
今では130万部を超える大評判の作品となってますね
読み進めていくうちに気がつきました。
これ、
「僕は昔に読んだことがある!!」
と!
僕は本を買う時、一切立ち読みをしないで全て雰囲気で買います。
それは昔から変わらなくて、手あたり次第何冊も重ねてレジに持っていき、家でじっくり読むタイプ。
昔、同じタイトルに惹かれた自分がいたんでしょうね…
その時この本を手にした自分と、
この本によって多大な影響を受けた自分と、
そして、
この本に書かれている出来事のほとんどが、その時の自分の体験してきていたこととほとんど酷似していたことに驚いたのを思い出しました。
そうなんです。
中学三年生の時に手にした時、僕はこの本に描かれている出来事のほとんどがそれまでの経験と酷似していたのです。
読んだ人にしかわからないかもしれませんが、
浦川くんが家のお手伝いで生計を立てていた時の話で
「生産」と「消費」について描かれていました。
僕も中学一年の時からバイトをし、自分のことは自分で賄うようにしていました。
テレビを買ったり、エアコンを買ったり、コタツを買ったり、本やおもちゃやビデオなど、
ゆっくりゆっくりと、自分の部屋をコーディネートしていくのがすごく大好きでした。
そのためにコツコツといくつもバイトをするのですが、まだ中学生だったからもあるのか、初体験な社会の仕組みに驚いたのか、
世の中の経済に対して興味を持つようになりました。
自分の作ったものを買ってくれる人がいて、
誰かが作ったものを僕は買っている。
僕が初めて買ったテレビは中国製。
その話を職場の人に話したら笑われました。
「日本ブランド以外にあるのか?」
と。
だけどもう一人の上司の方がいいました。
「どのテレビも中身は中国で作ってはいて、日本でメーカーのシール貼ってるだけだぞ!」と。
嘘か誠か、
中学生の僕にはとても新鮮な話でした。
実際は、中国だけでもなく、世界中のその分野に特化した場所から部品が集められて組み立てられているんですよね。
一番合理的な方法を探しながら…
文中にも書かれていた
「人間は世界中の知らない人どうしでつながっている」
まさにでした。
身につけているもの、食べているもの、それは誰か一人が作っているとは限らなくて、
あらゆる国々の人たちが関わり、お互いに顔も知らない中で生産と消費が交わっていること。
そんな薄く、だけど強いつながりのあることに気がついた途端、経済の事や、ビジネス書、「お金とはなんなのか?」とか、手当たり次第勉強してみました。
だから、僕は高校生の講演でも、中学生の講演でも
「お金のことは学んだ方が良い」
と伝えています。
必ず社会で密接な関係になるのに、なぜか日本ではそれを教えようとしない。
性教育をキチンと教えていないと変な性癖が生まれると聞くが、
お金にしても同じなのではないかな。
真正面からまじめに学んでおく事で、お金に振り回されない人生となる気がします。
稼ぐことの意義や、親の活躍の偉大さを社会に出る前にしっかりと学んでおくべきではないだろうか。
それは、アルバイトとかの実務ではなく、学問的に小学校から学んだほうが良いと思っています。
授業の社会で学ぶ経済だけではなく、もっと内側的なリアルなものをです。
国 算 理 社 英 お金
生活にも仕事にもお金が100%関わるのに変ですよね。。。
そんなことを僕も中学くらいから意識していたので、「生産」と「消費」についてはとても共感しました。
もしも僕が仕事をするなら・・・ と見つめなおしたきっかけでもありました。
「消費者の喜ぶ顔が目の前にあるような生産をする。」
だから僕は目の前でその喜びの笑顔を見れる職業を選んだのです。
もちろん、どこかの地で喜んでくれるのを想像しながら何かを製作するのもとても素敵なことだと思う。
なんかそんなつながりを大切に思う気持ちを
この本でも描いてくれていた。
浦川くんがいじめられていたシーンで
浦川くんはいじめていた山口くんを許してあげてくれと叫ぶ。
僕も同じく虐められていた時がありました。
小学四年生まで4年間くらい。
体が学年で一番小さかったからと、
いじめっ子はクラスで2番目に成績が良くて、僕がそれを上回っていたからでした。
二人掛かりで虐めを受けていました。
僕が勇気を出し、抵抗したことがきっかけで虐めは無くなりました。
周りはイジメっ子に冷ややかでした。
いわゆる嫌われ者でした。
でも、僕としてはそれはそれでどうでも良くて、逆に親友にもなりました。
未だに嫌われている噂を周りは流してきますが、、
僕にとっては仲の良かった大好きな友達です。
僕には僕の感性で受け止めていたのかもしれません。
普通とは違うことだとは思っていたけど、イジメっ子に対しては思っている以上に個性的で愛深いものもあったり、それだけの関係だからこそ分かち合えることもあったりします。
僕はその頃から学校の勉強よりも、自分の興味を持ったことに勉強を進めていくのですが、
その時にも一つのことに気がついたのです。
「競争のある世界ではどうしても歪な関係を生んでしまう。」
先のイジメの原因もそれなように、周りを見ていてもそれなように
誰でも優越を妬む癖があり、それが歪な関係にしてしまうことが多々ありますよね。
「努力の果てのすべてが平和なわけではない。」
僕はそんな競争を好むことはできずに、僕なりの生きる道を選択しました。
「誰とでも明るく元気に!自分の努力で人に不快感を与えないこと!」
いじめっ子もいじめられっ子も、真面目な子も不良の子も、10歳離れた後輩も先輩も、とにかく幅広く友達でした。
自分ほど幅広く付き合いのあった人はいないだろうと思うほど、とにかく幅広く、また競争もない関係で付き合っていました。
本の中でも語られていますが
「お互いに好意をつくし、それを喜びとすることが本当に人間らしい人間関係」
本当にそう感じますし、歪な発想は何も生みません。
イジメを経験して良かったなと感じるのは、その立場の気持ちもわかるということ。
僕も意地悪をしてしまうことがあったかと思うのですが、
それを「あ、今、意地悪なことしてしまってるよな。。」
と気がつくのも、意地悪をされた経験から気がつけているような気がします。
コペルくんが友達を裏切ってしまうことで悔やむシーンがありましたが
あれもまた、僕も全く同じ経験をしています。
中学二年の時、不良に絡まれた友達を置き去りにしてしまった事。
その時の後悔と懺悔の気持ち、そして、学校での居心地の悪さ、まさに死んだほうがマシなのではと思うくらい落ち込みました。
語るには長い話なので割愛しますが、
僕はこの時が人生最大のターニングポイントとなっています。
この件以来
「これからは、何があっても絶対に逃げることはしない」
と決め、全てどんな時でも、自らが前に出て責任を取ってきました。
これがあったから、今の自分が作れていて、満足できる人生を歩いていると思います。
一つの失態が最高のきっかけとなりました。
叔父さんはこう言っていましたね。
僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。
だから誤りを犯すこともある。
しかし――
僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。
だから、誤りから立ち直ることもできるのだ。
僕が経験した事件は中学二年の時。
自分の人生を見直し、方向を変えて突き進んだのも二年生の時。
そして、この本に出会ったのは中学三年生の時でした。
あらゆる出来ごとを自信に変えてくれた本でした。
そして、
コペルくんが街を見下ろしながら
自分の存在を
「まるで分子のようだ」と語っていました。
これもまた、酷似している話でした。
僕はブログでもよく、
「70億人もいるのだから」
と例えることが多いです。
数え切ることすらできない数の大きさの中での一人。
どれだけ手を伸ばしても叫んでも、どれだけ周りを意識しても全てには届かない。
大きな大きな世界の中の一つでしかないことを話します。
だから、良い意味で開き直り、自分のこと、目の前のこと、目の前にいる人のことを大切にすることを推奨しています。
きっと誰もが目の前の事を大切にし、目の前の人のことを幸せにしていれば世界は幸にあふれ平和につながるからと。
いがみ合う理由、奪い合う理由、そんなことを考えました。
心の痛みを感じない距離と、心の痛みを感じる距離は、僕の距離と相手の距離でははるかに違うわけだと。
それが戦争の原因です。
だから誰もが等しいと感じれる距離は「目の前」なんです。
目の前の幸せを連鎖させリレーしていくこと、それができたら平和そのものです。
職場でも学校でも同じ。
いがみ合いをなくすことに尽きます。
そんなことを思っていた学生時代。
そして、今もなおずっとそれを追い続けています。
コペルくんに叔父さんが書いたノートに
ひとりの人間として経験できることには限りがある。
しかし人間はことばや書物で経験を伝えあうことができる。
できるだけ広い経験を、それぞれの方面から、矛盾のないようにまとめあげていったものが学問。
経験を前の時代から受けついで、そのうえで新しい経験を積んできたから人類は進歩することができた。
だからできるだけ学問を修めて、今までの人類の経験から教わらなければ、どんなに骨を折っても甲斐がない。
まさに、
僕のブログでは一番強く伝えていること
それは
「経験」
最近では経験をしなくても手元でたくさんの情報が入ります。
旅行をしなくてもいろんな景色が手元に見れてしまい。
自らが行動しなくてもとてもイージーに手に入ってしまう。
僕はそれを「既視感」と呼び、それをとても危惧しています。
さらには、インスタ映えや加工物、作られた世界ばかりの情報に溢れ、本物の良さを感じることが難しくなっています。
リアルのない知識ばかりに埋もれて、実体験を持たない知恵ばかり。
書物だけでは身となることがないのと同じように、自らが体験をしていないことは全て知ったかぶりに近い。
こんな時代だからこそ、書物から得たことをより発展させ、自ら経験していくことが今一番重要なんです。
今も昔も一番売れているカテゴリーは、哲学書や自己啓発、ビジネス書と「成功」を目指したものばかり。この本も然り。
だけど、そこにリアルの行動を重ねないから
いつまでも大成しない。
わかった気でいることの負荷はとてつもなく足を引っ張るのです。
僕はそんな時代なんだとこの本からも学び、学生時代、同じ時間を使うならば学力だけに力を入れるのではなく、あらゆる本を読み漁り知識と知恵を蓄え、そして経験を増やすことを重視しました。
手元にある疑問は自ら解明していくことも多く、「テレビがなぜ映るのか?」を調べたくて分解したり、「コマがなぜ立って回るのか?」をずっと考えてみたり、家庭の医学を端から全て読んでいたり。
ノンフィクション、ドキュメンタリー、戦争や差別映画、ビジネス書や経済学と、子供ながらにシリアスな分野を開拓している珍しい少年でした。
もちろんアニメや青春ものもたくさん読みました!
同時に経験を可能な限りしていました。
語りつくせぬ異常な経験はみんなも驚くようなことばかりしていました。
僕はこの本と出会った時
二つの衝撃を受けました。
一つは
「まさに自分の経験していたことが描かれていたこと。」
もう一つは
「そこから描いた自分の未来の答えがそこに描かれていたこと。」
読まれた方はご存知だと思うのですが、
この本に「どう生きていくべきか?」は答えてはくれていません。
しかし、ストーリーの中に散りばめられたどこにでもあるような物語の中には真剣に考えるべき視点が多くあり、それらが全て生きていくためのヒントとなっているのです。
もしも、何気ない日常の中から新たな発見ができないままでつまづき悩んでしまっているとしたら
それは、日常を何気なく生きてしまっているからであり、
コペルくんたちのように一つ一つの事象を大切に見つめ、考えをめぐらし、またそこから成長をしていける術を見出し、躍動感を持って行動をしていくことではないでしょうか。
水一つに味があること
水一つに背景があること
何気なく口にする水に目を向けると変わってきます。
体調一つで変わっていきます。
特別詳しくなる必要などなく、その行為一つに目を向けるだけでいくらでもドラマが生まれるものです。
僕はこうしてブログを15年ほど毎日書いていますが、特に書くことに困りがないのは、出来事一つ一つに目を向ける習慣を持っているからだと思います。
僕は思います。
およそ100年も前に書かれた作品が今もこうして光を照らされているのはなぜのか?
それは、「今まさに必要とされている作品であるから」とは言われてはいますが
それは果たしてそうなのか?
僕は少し違うと思います。
それは今の時代に必要ではなく「ずっと必要」なはずなんです。
もう、100年も前から同じことをずっと言ってきているのに
それに耳を傾けずに生きてしまい、悲しくも、それが幸せとは思えない結末が増えているからではないでしょうか?
当時起きている問題と大して変わっていないんですよね。
それは心の部分だからです。
時代が変わっても人は人、関わり合いながら生きていくのは変わっていないからなんです。
それなのに、
これだけずっと語られていて、しかも、どこにでもあるような言葉なのに、さらには、子供でも分かるような話なのに、
なぜいつまでもその上を歩けないでいるのでしょう。
僕は中学までの経験の中でこの本と出会い、
僕にとっても明るい道を照らした本となりました。
130万部売れていると聞きますが、
130万人が何かしらの希望に満ちて歩き始めることで大きな成果となると思うのです。
できるかできないかはそれぞれでしょうが…
それは僕も同じくです。
また改めてこうして
「コぺル君久しぶりだね!」
と出会えた奇遇に感謝し、
慢心せず、これまでの自分とこれからをしっかりと見つめ、一歩一歩、一日一日を味わいながら、どこを切り取っても情熱のある人生にしていきたいと思います!
本と出会い、本に学び、そして自分の糧となる行動に変えていく。
それこそが本当の本の役目だと思う。
みんな!
笑顔! 笑顔!!!
動いていこう!!!!!
僕たちはどう生きるのか?
それは誰もが平等に与えられた問いなんです!
撮影からサロンプロデュース、シャンプー&トリートメント製作、へカタログ出版、教育、美容師としてもコンテストなど数々の名誉を受賞し、あらゆるジャンルをマルチにこなす。サロンホームページ、こちらのホームページもすべて自己プロデュースで製作。
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